hi-magine in TOKACHI

北海道で暮らしはじめたワタシの日記

りんごの森

キッチンにりんごが3つありました。

そのうち1つはキズものなので、早々に皮をむいていつでも食べられるようにしておこうと、袋から取り出しました。

洗濯やらインターネットをしているうちに陽が傾き、通りがかったキッチンに置いていたりんごにふと目をやると、なんだか懐かしさを覚えました。ウン十年前の予備校時代、描くのに四苦八苦していたりんごの陰影が現れていたからです。

「これは描かねば」と思い立ち、紙と鉛筆を探しました。

しかし、こういう時に限って、デッサンに使ってた鉛筆が1本もない。

スケッチブックもない。

どこかにあったと思うんだけど・・・。

しかし、描こうと思うことが早々ないことなので(たぶん10年ぶりとか?)、やる気がそがれないうちに、道具の質は問わず、とりあえず見つかった唯一の鉛筆、芯の丸くなったMade In U.S.AのNo.2ペンシルで描き始めました。

 

ビミョーな硬さの芯(しかも丸い)なので、描きにくい。

欲しい色が出てこない。

うーん。悩ましい。

けど、STEADLERならうまく描ける!とも思えない。

と、延々描き続けて2時間経ったか。

 

欲しい色が出ないのは、鉛筆をコントロールできていないせい。

紙の中のりんごに重さが表れないのは、技術が足りないせい。

陰影もなんか納得いかないんだけど、あっちを直したらこっちも気になる、と遠目で見ては修正、描き足し、消したりと、バランスとるのが大変。疲れた。

 

しかし、絵を描くっていうのは、こういうことなんだよなーと、あっちこっち直しながら、ケータイで写真撮っては客観視しながら、思った。つまり、「終わりがない」のです。納得いくポイントが遙か彼方。その遥か彼方に”終わり”があるのがわかっているならまだ行こうと思えるけど、”終わり”見つかるかどうかも定かでない。

だから、絵を描くというのは大変なことなのです。

一度迷い込めば、もう遭難確実です。出てこられるかは、自分次第。絵を描こうっていうのは、もう自ら鬱にならんとするような。

 

ということで、はい。

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こちら、遭難する前に、退散してきたりんごの森w

写真が小さいのは、自信のなさの表れw

 

それでも、現役時代よりマシな気がするのは、気のせいか。

現役時代のデッサンは、がむしゃらで、ホントにわけわかんなかったからなぁ。いや、今でもやってみるとわけわかんないけど、少なくともデッサンって感性だけでなく、構造的・論理的な理解が必要なんだなって気付いております。

 

そんな土曜日の夕方。

いまから野菜スープを作るため、買い物に出掛けます。

明日は雪予報です。そんなに積もらない気がするけど、いかに。

では!